『アメリカン・スナイパー』 PTSDと自衛隊海外派遣の意外な関係

映画評|2015/03/03 posted.

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『アメリカン・スナイパー』 PTSDと自衛隊海外派遣の意外な関係

『アメリカン・スナイパー』。アメリカでは興行収入が3億ドルを超えて、戦争映画として史上ナンバーワンの大ヒット。日本の興行収入ランキングでも、2週連続第1位と大ヒットしています。

イラク戦争の帰還兵の心の問題、PTSD(外傷後ストレス障害)を描いているとなると、精神科医の私としては、見ないわけにはいきません。

1 淡々としたPTSD描写の怖いほどのリアリティ

そして実際に映画を見てみると、PTSDの描き方に驚かされました。

ベトナム戦争帰還兵のPTSDを描いた映画はたくさんありますが、それらのほとんどは「フラッシュバック」(外傷的出来事の再体験)を印象的に描いています。戦争中の砲弾や銃撃の音などを思い出し、パニック状態、興奮状態に陥り、暴れだしたり、大声出したり、取り乱してたりという描写が必ずあったものです。

『アメリカン・スナイパー』の主人公のクリス・カイルは、狙撃兵として大き成果をあげ「伝説(レジェンド)」と呼ばれた存在。

4度のイラク派遣を経験するクリス。その間、次の派兵までの間は、家で家族と時間を過ごすわけですが、その描写は、ただカウチに座ってボーッとしているだけなのです。興奮もしないし、騒ぎ立てることもしない。「心ここにあらず」という感じで、言うなれば「抜け殻」のような状態です。

今までの映画が動的で激しいPTSDを描いてきたのとは対称的に、『アメリカン・スナイパー』のPTSDは極めて静的。彼は、自らの苦痛を言葉で語ることすらありません。

アメリカにいる間のシーンで、何回か、砲弾や銃撃の音がインサートされる場面もあるので、彼の内面では「フラッシュバック」が起こっているのは間違いないでしょうが、それに対して目立った反応を見せない。つまり、興奮したりする激しい精神反応を示すほどの精神的エネルギーが残されていない。パニックや興奮すらエネルギーすらないほど、精神に打撃を受けているのでしょう。

この映画は、観客に想像力を要求します。カウチに無表情で座っているクリスの内面、その苦悩をどこまで想像できるのか・・・。

戦場のシーンは緊迫感があふれハリウッド映画的ではありますが、それとあまりにも対象的な米国内の平凡な日常シーンには、過剰な演出は排除され、むしろ驚くほどに淡々と描き切っているところに、私は強烈な「恐怖」を感じるわけです。

同じ地球上に存在する「地獄」と「天国」。
「天国」で安住する者。
クリスのように「地獄」と「天国」を行き来する者。
そして、自国が戦場となった人々は、どこに逃げることもできない。
「地獄」から逃れない人々。

3種類の人間を淡々と描きながら、
「戦争」の不条理はグサグサと私たちの胸を突き刺してくるのです。

2 クリスは、なぜ次の派兵に積極的に参加したのか?

安全に帰国したはずのクリス。しかし、「平穏な生活」に居心地の悪さを感じるクリスは、結婚したばかりの妻と生まれたばかり子供を置いて、次の派兵に自ら志願していきます。この心理がわかりづらいかと思うので、少し解説しておきましょう。

一言で言うと『ディア・ハンター』におけるロシアンルーレットの心理と同じです。本作の冒頭は、鹿狩のシーンから始まることから、本作がベトナム帰還兵の心の傷を扱った映画『ディア・ハンター』へのリスペクトがあるこみとは、映画ファンではあれば容易に気付くと思います。

私が『ディア・ハンター』を初めて見た時、ベトナム戦争の地獄を生き残った兵士の一人が、ロシアンルーレットの危険な世界に身を投じる描写があります。せっかく戦争で生き残ったにもかかわらず、なぜ、そんな命の無駄遣いをするのか? 私が、映画を初めて見た当時は全くわかりませんでしたが、精神科医となった今では、その心理の深さがよくわかります。

死と隣り合った世界。究極の「生」と「死」の限界を体験してしまった兵士は、通常の生活では「喜び」や「生きがい」、生きているという感覚すら持てなくなります。

カウチにボーッと座っていたカイルも、そういう状態です。抜け殻のようなカイルですが、戦場ではリーダーシップを発揮し、目を輝かせ、生き生きとしていました。戦場にこそ、自分の居場所を感じていたわけです。


ディア・ハンター

映画『ディア・ハンター』のロシアンルーレットのシーン

「地獄」が「当たり前」の状態となり、生と死の危機的な状況への依存症となってしまう。だから、カイルは4度も派兵に参加し、『ディア・ハンター』で生き延びた兵士は、いつ死ぬかわからないロシアンルーレットにのぞむことでしか、「生」の喜びを味わえなくなっていった。

そうした『ディア・ハンター』に描かれていた限界状況の心理が、この『アメリカン・スナイパー』でも描かれるわけです。

この異常心理は、境界型パーソナリティー障害におけるリストカットの心理にも通じていきます。「生ている実感がない」「生きている喜びを感じられない」境界型パーソナリティー障害の患者さんは、リストカットをして手首に強烈な痛みを感じた瞬間、「生きている」という実感を感じる、といいます。

死ぬためにリストカットをするわけではなく、「生きている」と感じるために死との境界に近づこうとするのです。

こんなこと少し知っていると、『アメリカン・スナイパー』でカイルが自ら進んで次の派兵に参加する理由も、納得できるのではないでしょうか。

3 帰還兵とPTSD、そして自殺の深刻な現実

帰還兵のPTSDは、特別な場合に起きるのではなく、多くの兵士に大なり小なりの影響を与えると考えるべきです。ある研究によると、イラク戦争においては、10~15%の兵士がPTSDとして治療を受けていると言います。

ベトナム戦争では、戦争による米兵の死者数は、約5万8千人。
それに対して、ベトナム戦争帰還兵の自殺者数は、約15万人、と言われます。

つまり、戦争で亡くなった兵士の、3倍もの人が自殺しているのです。
さらに、自殺で死者が出る場合、未遂者、その予備軍は、その10倍いるのが普通です。戦争によって心の傷は受ける確率は、物凄く高いのです。

アフガン、イラク戦争の帰還兵においても自殺率の高さも同様で、約4千人の戦争死亡者を超える数の自殺者が既に出ており、その数はこれからも増えていくのです。

こうしたアメリカ映画を見ても、おそらく「人ごと」のように見る人が多いでしょうが、日本のイラク派遣において、帰国後の自衛官が28人も自殺している事実は、あまり知られていません。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3485_all.html

これは、イラク国内で亡くなった自衛隊員の数倍におよぶ数です。自衛隊員は、「非戦闘地域」での支援活動に従事しており、最前線で戦っていたわけではありませんが、それでもこれほどの精神的なダメージを与えるということです。

偶然ではありますが、今日の国会で、自衛隊の海外派遣の問題が議論されていました。

自衛隊の海外派遣の必要性については徹底的に議論していただきたいところですが、自衛隊を海外派遣すると、その一部は必ずPTSDとなり、必ず自殺者が出るのです。非戦闘地区だから安全、ということはあり得ないのです。そうした危険性とリスクを知った上で、慎重に議論していただきたいと思います。

話は少し脱線しましたが、アメリカは中東への派兵を決定しましたし、日本もそれに巻き込まれる可能性が高い。帰還兵と心の傷の問題は、過去の問題ではなく、日本の現在、そして未来と密接に関係した問題と言えるのです。

そんなわけで、『アメリカン・スナイパー』は映画を見終わった後にも、いろいと考えさせられる、非常に深い映画だと思います。

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